これは物凄く難しい問題だと思います。
 パーキンソン病等の症状が緩和した例は沢山ございます。
 ですが、完治しているわけではないと思います。
 脳梗塞の後遺症等の患者様も沢山いらっしゃいます。
物凄く楽になった。
 もうこの辛い肩こりは一生付き合わなければいけないと医者から言われた。
 と術後楽になり、涙を流された患者様もいらっしゃいます。
 自然治癒力に我々治療家が限界を設けてはいけないと思っております。
脳静脈瘤等があり、医師に手術を勧められたら予防の為にしたほうが
 良いと私は思っております。
 何でも自然治癒力で治ると思い込むのもどうかと思います。
 良い例は、手術が必要な骨折は自然治癒力に頼る前に手術すべきです!
私の開業当初亡母が何年かかり超難病の筋萎縮性側索硬化症とわかりました。
 1人で思い切り声が出る位泣き続けた事がありました。
 24歳の若造が初めて感じた人生の挫折感でした。
 親を治す事が出来ない!
それでなんで治療家と言えるのか!
 と散々自分を攻め続けました。
 亡母を色々な有名治療院に通ってもらいました。
 それで言われた、一言に救われました。
どんな有名な先生より、お前の治療が一番楽になると言われました。
 物凄くありがたい一言でした!
 その一言がその後の私をどれだけ勇気づけてくれたかです!
 それから精神的にもめちゃ楽になりました。
そして、重大な事に気が付きました。
 ちょっと待てよ!
 私は物凄く勘違いしていたと。
 だって、お医者様が治せもしない超難病なのだから、私ごときが治すとは
どれだけ慢心していたのだろうか!
 と思いました。
 それからは、哲学を必死に学びました。
 何故亡母が超難病に生まれてきたのだろう?!
それ以前小学校5年生の時から人間は何の為に生まれてきたのだろう?!
 とず~っと考えてました。
 亡母が何故筋萎縮性側索硬化症になったのかがわかる時が来ました。
 それは、DRTマスターセミナーをさせて頂いた時です。
あっ!この為に亡母は筋萎縮性側索硬化症になったのだ。
 とはっきりわかりました。
 セミナー中にも関わらず涙が出てきました。
 今この文章を書いている時も涙が出てきております。
私が慢心しない、出来ない大きな理由の一つが亡母の存在です。
 私の大成功を誰よりも喜んでくれていると信じております。
 そういう運命を選んで生まれてくる人達がいる事も実感できました。
 亡母の生き様は物凄かったです。
最後はチューブで繋がれて完全な植物人間状態でした。
 その状態で3,4回以上危篤と言われ真夜中に病院から呼び出されました。
 私が行くとお医者様がお母さま息子さんが来た事事わかってますよ!!
 と言われました。
植物人間状態の身内の方がいらっしゃる方は良くお分かりだと思います。
 そんな状態でも生きていてもらいたいのです!
 昼家族から連絡あり、母親が寝ている時に亡くなったと連絡ありました。
 物凄く寂しかったです。
でも私は当時両親が亡くなった時でさえ仕事2日しか休んでないですよ!
 それは何故だかわかりますか?
 両親の声が聞こえたからです。
 我々が死んだからと言って休まず働けとです(微笑)
私も、母親が私を認識している事がわかりました。
 親子の絆って凄いと思ました(感涙)
 お陰様で、私の子供達は物凄く良い子に育ってくれてます。
 何より私達両親の事が大好きなのです(親馬鹿笑)
私も、家族が大好きです。
 余り無い休日は、どこにも行かずにただ家族と一緒に入れる事が幸せです。
 大成功して一番感じる事は幸せは当たり前のことが当たり前に出来る事なのです。
 それ以上の幸せはないと実感しております。
そして、人間として生きている以上一番重要な事があります。
 ご自分に都合の良い時だけ感謝するのではないのです。
 一番重要な事は物凄く辛い事が起きた時に感謝出来続ける人間になる事です。
 それが人生の目的と言っても過言ではございません!
御精読ありがとうございます。感謝致します。
 DRTは、今も常に進歩している施術法です。
 DRTを御使い頂いている先生方の更なるご発展を祈念致します。
 先生がたも私と一緒に頑張り続けましょう!


